小さな国際交流の会 野口 照代さん

 

  1944年、みやま市(旧高田町)生まれ。
 民間企業の教育担当として、話す機会の多い業務に携わる。育児休業中に、子育てをしながら働ける仕事はないかと考え、企業を退職し、経験を活かして、話し方教室の経営や講演活動などを行う。公民館や市民センターでの講座受講生による自主学習グループの実行委員長をしているときに、文部省(当時)の委託事業を受け、海外を訪問し、女性の地位向上に向けた各国の取り組みについて調査研究を行う。帰国後、それまでの地域に根ざした活動を広げ、世界的な視野を持つ人たちを育てようと、1987年に「小さな国際交流の会」を設立、30周年を迎えた。現在、会の代表を務める。
 

 「小さな国際交流の会」は、設立当初、留学生とその家族のために「言葉を交わし、心を通わせる場」として、日本文化を学ぶ教室や交流パーティ、登山やボーリング大会などの国際交流イベントを中心に活動していた。そうした中で、留学生の「日本にいるのに日本語を教えてくれる所がない。」との声を聞き、「話す」ことに慣れていた野口さんは、「国際交流は皆さんに任せて、自分にしかできないことをやろう。」と、日本で生活する外国人のための日本語教室を始めた。
 日本語教室を始めた1990年当時は、「国際交流」という言葉もまだ珍しい時代だった。その頃は、受講料が何十万円もするような日本語学校しかなく、「ボランティアで日本語を教えるなんてとんでもない。」と言われたこともあるとのこと。一緒に国際交流活動をしていた仲間の中には、「おしゃべりしたり、交流会をしたりすることは楽しいけど、日本語を教えるには、資格が必要でしょう。」、「生活のお世話はできるけど、日本語を教えるなんて無理。」と言って、離れていった人もいたという。しかし、地元の郵便局から会場を借りて、野口さんが始めた日本語教室は、今では福岡市内の公共施設など6箇所で7教室が開かれている。「こんなに長く、日本語を教えることになるとは、思いもしませんでした。」と野口さん。27年前、外国人居住者が増え、トラブルが起きていた団地の自治会から依頼されて開いた日本語教室は、集会所を提供してもらい今もなお続いている。また、「文法の本はたくさんあるのに会話の本はない。」という学習者のために、地元にあった当時の電電公社の会議室を借りて、オリジナルの教材づくりにも取り組んだ。これほど長く続けてこられたのは、会場を提供してくれたり、協力してくれた地域の方々の理解があってこそなのだという。こうして、これまでに日本語の支援をしてきた外国人学習者は、約6万人にもなるそうだ。

 現在、日本語を教えるスタッフ会員は50~60歳代の方が中心で25人程度、10年、20年と続けている人も多いが、定年退職後に時間ができたからと入会する人もいるという。スタッフ会員は、月に2回行われる勉強会に参加し、お互いに能力を磨いている。中には、入会後にもっと上手に教えたいと養成講座に通い、日本語講師としての技術を身につける人もいるそうだ。しかし、この会の日本語教室は、日本語学校のコピーとしてではなく、人間関係をつくる場として、学習者を理解し、応援したいという思いで活動している。日常の言葉のやり取りで気軽におしゃべりをしながら、日本語に慣れてもらうことを第一に、「気持ちの上では、先生でなく友達」として、学習者とのより良い関係を築くようにしているという。

 取材に伺った日は、野口さんが講師を務め、タイ出身の母娘、ロシア出身の男性、4か月前に入会したスタッフ会員が参加していた。以前は、留学生を中心に中国や韓国出身者が多かったというが、今では出身も職業も様々で、観光客が1か月程度の期間で学びに来ることも増えているそうだ。この日は雛祭りが近いということもあり、雛あられを使って、消費期限と賞味期限の違いなど、日本文化と一緒に、生活に必要な日本語を楽しそうに学習していた。
 野口さんに、印象に残っていることを聞いてみた。1教室に20名くらいの学習者が絶えずいた頃、戦争から戦後の話、日本の学校教育の話など、いろんな話題が出てきたことがあったという。この時、あまり日本語を話せなかった人でも、言いたいこと、聞きたいこと、議論したいことがいっぱいあるのだと驚いたそうだ。「小さな国際交流の会」では、国が違えば考え方が異なるようなデリケートな話題でも、安心して話すことができる場所となっていた。「どこの国の人でも、自分の思っていることをストレートにぶつけて、議論し合える仲間のことはいつまでも忘れない。」、「日本語上達のお手伝いをする場であるけれども、話したいことを口に出せる場があるということが上達につながる。」と話してくれた。
 この日も、話題が日本人の働き方に移ると、それまであまり発言していなかった学習者が、自分の経験を交えて、しっかりとした意見を話し始めた。すると、スタッフ会員が、「働き方改革について、易しい日本語で書かれた新聞を持っている。」と新聞のコピーを取り出した。日本語教室の基本方針は、「日本語上達のお手伝い」。おしゃべりを楽しみながら日本語を習得できる場所である。スタッフ勉強会のチラシには、「学習者が必要としていることをしっかりと受け止め、その手助けをして欲しい。」とある。この新聞も、別の教室の学習者が、「日本語で新聞を読めるようになりたい。」と言っていたので持っていたという。学習者のことを思い、実践されていることが伝わってくる一場面だった。

 今、野口さんは、「小さな国際交流の会」の活動を始めてから30年が経ち、これまでと同じようにやっていくのか、ダイバーシティ福岡といわれるような、今の時代に合わせて活動の幅を広げたほうがいいのか、を考えているそうだ。「これだけ長い時間やっていると、設立当初にやっていた国際交流の活動を取り入れて、日本語教室もその中の1つというくらいのほうがいいのかなと思ったりしている。」、「日本語教室もある、文化的なクラスもあるほうが、日本を理解するには早いし、いろんな人たちがもっと集まってくるかと思う。」と、これからの時代に合った活動に向けて、整理していきたいという。そんな野口さんを見た周囲の人からは、「あなた、いくつまで続けるの?」と言われることもあると茶目っ気のある笑顔で教えてくれた。会員の中には、病室から抜け出して教室の様子を見に来ていた人や、家族の心配をよそに最後まで学習者を支援していた人もいたという。「自分が認められたり、自分が役に立つ場が生涯どこかにあればといい。」と野口さん。「70歳現役」、「生涯現役」を実践するためには、自分が役に立てる場を見つけることが大切なのかもしれない。
 

 スタッフ勉強会がありますので、本格的な勉強をしていなくても大丈夫です。学習者の立場になって、話し相手になってもらえればと思います。社会に役立ちたい、何かお手伝いをしたいという気持ちがあれば、どうぞ気軽に見学にお出でください。
 

 連絡先:小さな国際交流の会
      野口さん 092-662-7690(TEL/FAX共通)
      090-8621-8503(携帯)