筑後手をつなごう絆の会  吉武 章さん




1950年山形県鶴岡市生まれ。高校卒業と同時に、京都で飲食業のアルバイトをし、40年程前に福岡に転居。サラリーマン等も経験した後、10年程前に柳川市内に喫茶店を開業し、さらにその1年後には、みやま市内に居酒屋を開業した。
2011年に東日本大震災が発生し、被災地支援に赴くようになり、その傍らで店舗を営業していたが、復興支援を優先させるためにその年の8月一杯で閉店。現在は、近隣の施設で夜勤等のアルバイトをかけもちしながら、防災に係る啓発をはじめ、被災地の復興支援等のボランティア活動に励んでいる。


飲食業を営んでいるとき、「おたがいさまの会」(筑後市)のボランティア募集チラシを見て入会。会では、有償サービスが利用できない生活困窮世帯に対し、庭木の手入れ・ゴミ捨て・犬の散歩・通院の送迎等の支援を行っていた。初めてのボランティアだったけれども、会のみんなの支えもあり、また、人の笑顔を見ることができる楽しみから、ボランティアをもっとやっていきたいと思うようになった。
そんな中、2011年3月に東日本大震災が発生。おたがいさまの会で活動もしながら、個人で4月には現地に入り、ボランティア活動を開始した。それからは、宮城県亘理町社会福祉協議会が運営する災害ボランティアセンターに月3回のペースで通いながら、がれき撤去や住宅の床下の泥出し、仮設住宅への引越し支援、さらには、社会福祉協議会職員とともに仮設住宅を巡回しての必要な物資の聞き取りなども行った。これまで喫茶店を経営してきた経験から「お茶っこ」なる日中の居場所づくりを目的とした茶話会のお手伝いをすることも。
この支援がきっかけとなり「筑後手をつなごう絆の会」を設立。会において、被災地支援に関心のあるボランティア参加者を募り、みんなで連携して活動を開始した。そしてこの活動が地元でも認められ、みなさまに多くの支援をいただいた。筑後市役所からは災害派遣等従事車両証明(高速道路利用料の減免措置が受けられる)が発行され、被災地に赴く負担が大幅に軽減された。また、八女市の企業からは「お茶っこ」用に地元の八女茶やお菓子を提供していただき、被災地に一服の寛ぎを与えることができた。
震災後、災害公営住宅が設置され、生まれ育った地元へ戻ることができない方たちが徐々にそちらへ転居するようになった。しかし、転居先では、高齢化や孤立化が進んできて、支援が必要な世帯も多かった。そのため社会福祉協議会の職員とともに継続して必要物資のニーズを聞き取りしたり、地区ごとの防災組織づくりの支援をしたりした。6年がたった今でも、地元のボランティアの合間をぬい、年一回は東北へ出向くようにしていて、行くたびに、今でも多くの方が支援を必要としていることを思い知らされる。
2016年4月に発生した熊本地震では、東日本大震災の被災地支援の経験から、翌日には益城町に入り、毎日日帰りしながら、災害ボランティアセンターの運営支援を行った。
現在は、西原村・南阿蘇村・益城町の仮設住宅の見守り巡回をしている。避難所から離れた集落は、マスメディアには取り上げられないこともあって、必要な生活物資が集まりにくい状況が続いているため、世帯別にニーズの聞き取りをしながら、公民館を通じて供給し続けている。送られてきた物資の中には、まだまだ災害の傷も癒えない東北の地から寄せられた物品もあった。
 

東日本大震災の支援活動の折は、日々車内で野営していたけれども、自衛隊による入浴支援が始まってから、被災者の方々と入浴を共にする時間があった。その折には、身近な人を亡くし、残された方々の悲しみに触れることがあった。
このことから、平素担当している防災の講座や訓練では、避難時の声掛けの仕方を指導する際は、単に“逃げて!”と言うのではなく、“あなたが避難しないと、つらい思いをする人がいるよ!”と強く言うよう、参加者に意識的に促している。


ボランティア活動の情報を見て、ふと興味がわくものがあったら、考えるよりもまずは行動してみましょう。とりあえず、メンバーの誰か一人と仲良くなるようにしましょう。仲良くなるには、趣味や娯楽などの共通の話題を見つけることが大事。それがあれば、活動自体も好きになれます。そして、活動については、あくまで「自分のため」と思えば苦になりません。
これも時間と家族の理解があってこそ。くれぐれも、無理をしないことが大切です。

連絡先:080-5273-5661
お試し体験案内:毎月第一木曜19時から、筑後市中央公民館(サンコア)にて例会開催。見学可。